2021年02月27日

部活コーチになったきっかけ②

最初に部活指導していた
学校のコーチをやめた後、
いろんな学校のご父兄から
コーチの依頼があり。

やめるきっかけになった
親戚の体調もよくなり
回復の兆しがあった。


どの学校にするか悩んでいたけど、
今コーチしている学校の生徒から
「団体戦で県大会に出場したい。」

エース級の生徒は
1年生から県大会出場しているが、
「自分だけでなく、
団体戦で勝ち上がりたい。」と
強い希望があったので
やってみることにした。

中学2年生から指導開始。
エースは私が指導することはないが、
団体戦勝つためには
ダブルスの強化が必要。

コートは1面
中3は部員大勢いて
人数把握できない。

部員は中2が10人
1年生部員は1人

みんな初心者なので、
グリップの握りから
ヘアピンの手投げノックから開始。



私がコーチになって
すぐ中体連があり
ひとつ上の学年は
ほとんど指導できないまま大会だった。

第1シードと対戦
第1シードの横が
うちの学校の定位置というか
実力がないので
なかなか勝ち上がれない。

シングルスはエースがとったが、
ダブルス2つ落とし敗戦。

第2ダブルスは中2で組んでみたが、
なかなか粘っていた。

先輩は中体連後は高校の部活へ編入


中体連以降は
練習は中2主体になった。

次の大会は
秋の地区新人ダブルス大会は
エースが怪我で出られず。ガ-ン

急遽組みなおして出場したが、
全員1回戦敗退。ガ-ン

素質がないわけではないが、
自信なさげに試合している。


その次の大会は
県の新人大会。

地区のダブルス大会で
ほとんど敗戦したので、
生徒の希望で
シングルスエントリーが多かった。


次の団体戦の為には
ダブルスの強化が必要だけど仕方がない。
ダブルスは1ペアのみ。

この大会で地区で2位のペアに
ファイナルゲームで勝利

その次の沖縄市の強豪校には
敗戦だったけど、
ファイナルゲームまでねばれた。

少し自信がもてたようだった。
この試合のおかげで
ダブルスの楽しさも感じた様子。

ところが、この第1ダブルスの生徒が
校内陸上大会で
骨折して長期離脱となってしまう。


冬に入り、
年末の地区新人団体戦と個人戦。

肝心のエースは熊本県代表で
熊本オープン出場で不在。

残りのメンバーで戦うしかない。

上位まではいけなかったけど
第2ダブルスのペアが
地区2位のペアとファイナルゲーム迄粘り、
あと一歩の試合ができた。

生徒は着実に進歩している。

中体連では今まで
第1シードの隣が定席だったが、
あとひとつ隣になった。

その後も生徒の体調不良や怪我等
なかなか全員そろっての練習ができず。

最後の地区中体連では
やっと全員がそろった。

初戦勝ち上がり
第1シードも破り
地区大会優勝することができた。



県大会前インフルエンザもあり、
何とか出場できたが、
県大会は団体ベスト8

個人ではシングルスはエースが
優勝することができた。

生徒としては目標に向けて頑張り
達成した感じはあった。

いろいろあったけど
生徒にコーチが学ばされる事が多かった。


中学のコーチは続けながら、
生徒たちの希望もあり、
高校のコーチも続ける事になった。


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